三柴ゆよしのボルヘスを殺せ!

だがチベットのボルヘスは生きていていい

小説は叛骨だ! 人生は脱獄だ! -レイナルド・アレナス『めくるめく世界』-

 

私たちは、ゾウゲヤシの畑から戻ってくる。いや、私たちはゾウゲヤシの畑から戻ってはこない。私と二人のホセファがゾウゲヤシの畑から戻ってくるが、そのころにはもう、日が翳りだす。

 

腐肉系ホラー漫画家・日野日出志の知る人ぞ知る短編「幻色の孤島」は、奇形の怪獣やら奇怪な仮面土人やらが跋扈する島に漂着した男の話。

絶海の孤島に囚われ、土人社会の物乞いとして生きていくことになる男の姿が、実のところ私たち現代人の監獄めいた人生の似姿であることを示唆して、この不気味な短篇は終わる。

レイナルド・アレナスの長篇『めくるめく世界』(国書刊行会)を読むのはこれで三度目だが、不条理な監禁と破獄を幾度となく繰り返す怪僧セルバンド師(=アレナスのアルターエゴ)の姿に、日野日出志のドロドロホラー漫画を重ね合わせることになるとは、我ながら意外であった。

 

「いちばん難しいのは檻から出ることだ。しかし、私はちゃんと出てこれたぞ」

「さあ、それはどうでしょうか。この城はたくさんの檻でできているようなものです。檻のなかに、またべつの檻がある。あなたはひとつめの檻を出て、ふたつめの檻にいるわけです」

ここから最後の檻までは、いったい……。

 

自由を請い求め、メキシコ独立運動の旗手として波乱万丈の冒険を繰り広げることになるセルバンド師だが、人生が幾重もの入れ子構造になった檻のようなものであってみれば、「最初の檻を出られたのだから、最後の檻からだって出られる」というわけには、そう簡単にいきそうもない。

 

「われらが遍歴の修道士、万歳!」みんなは口々にそう言ったが、それはすでに酒を飲んだ者の声だった。修道士は口元を歪めて微笑らしきものを作り、手を振って一同に挨拶した。

「どうやら逃げ道はなさそうだ」非常に間のびした、自分にだけ聞こえるような小さい声で修道士は呟いた。「逃げ道はなさそうだ」と繰り返してから、笑みを浮かべて前に進み出た。

 

実際、祖国の独立という悲願をようやく果たしたセルバンド師の身中には、いまだ叛逆と破獄の炎がくすぶり続けている。自由を勝ち得た彼を待ち受けるのは、民主制の隠れ蓑のもとに強権をふるう新たな支配者であり、過去の英雄として大衆の無理解の食い物にされる自分自身の老残の姿である。

とりわけ印象的なのはセルバンド師の最期の場面。同じくキューバに生まれたアレホ・カルペンティエルの短編「種への旅」を髣髴させるこのシーンでは、彼の精神は死してもなお躍動を終えず、かつての捕囚と脱獄の日々を遡行し、幼少期を過ごしたあのゾウゲヤシの畑へと帰っていく。

人生は行き止まり、四方八方に塀をめぐらせた、あたかもそれは監獄のよう。

万物を迎える死の法則をも乗り越え、ここでも無謀なる脱獄に果敢に挑戦せんとするセルバンド師のこの崇高さよ。

小説は叛骨、人生は脱獄。これがなくてはやっていかれないのである。

 

めくるめく世界 (文学の冒険シリーズ)

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幻色の孤島 オンデマンド版 [コミック]

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